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朝起きたら、まずひげ剃りに行きます。ゆっくり、ジャリジャリやっていると目が覚める。電気式はかさばりますし、重いので旅行には持ってきません。切れ味が悪くなったらスーパーで新しいのを買います。
パンと林檎とバナナとハムとサラミソーセージと牛乳と、ちびちび食べながら、飲みながら、少しづつ荷物をまとめます。
使ったものは、もとの小袋に必ず、そのつど戻すことにしていますので、かたずけは楽です。いつのまにか終わってしまいます。
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ワッフルさんはオーストリアに向けて、私はオランダに向けて、互いに反対方向に出発です。
マッケンローさんもオランダの方へ行くようですが、まだ寝ていました。
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ヴァルフ手前2kmのところです。
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ヴァルフの町の中
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今右岸にいます。
川を上っていくスイスの船らしきもの。
マリアンネナウという島が後ろに見えています。
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やはりスイスの船です。
さらに下ります。
遊覧船が上ってきます。
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渡りに船。
ちょうど対岸行きのフェリーが出るところでした。
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私のメモには船賃2.5ユーロとあります。
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向こう岸の斜面に見えるのはぶどう畑でしょう。
それで、城ですが、城のある側を走ると城は見えません。
早く渡りすぎたのです。今走っている左手の山の上には城が点々とあるはずなのですが、気づきません。
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川を上っていく船のスピードは出ません。
ゆっくり、ゆっくりです。
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すこーしずつ川が狭くなってきたような気がします。
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このようなリアキャリアの人が多いです。
ただ、後ろのタイヤに重量がかかりすぎやしないかと心配なのです。
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川を上っていく船に比べて、下っていく船のスピードのすごいこと。
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このような風景・・・いいですねー。キャンプ用具を乗せて、自転車で、ずーっと旅行してまわるのです。
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雨がパラパラと降ってきました。
ローレライにやってきました。
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ローレライの岸壁
なじかはしらねど・・・さっぱりわからなかった歌の意味。
そして、その先の岩の上にお城らしきもの。
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猫城と呼ぶのだそうです。
バーゼルのミッテレーレ橋がかけられたのが1226年。14世紀中頃ストラスブールに橋が架けられるまでの間、このミッテレーレ橋がライン川最下流の橋だった。ストラスブールのどの橋のことを言っているのかはわからないが、ライン川にはずーっと橋がなかったということであります。そこで城の話。リューデスハイムからコブレンツの60kmの間に25もの城がある。理由は、この地域が経済、文明の流れの激しいところであり、それだけ多くの人、物の流れがあったということでしょう。ライン川を行き来する船から銭を取ろうというのは誰でも思いつくことです。通行税として取るのか、収奪するのか。それはわからない。とは言っても、城が多すぎる。そうそう何べんも銭を取られたら商売あがったりとなるはずです。なんでこんなに城が多いのか。
人や物の流れは川に沿ったものだけではない。川と直角の人、物の流れもありました。そこで出てくるのが橋がなかったということです。渡河銭を取る場所を作ればよいと考える。もうひとつは恒常的にあった東から西への人の流れを食い止めたかった。その入国管理の役目もあったのではなかろうか。真相はどうだったのかわからないまま、疑問だけが残った。
猫に似ているような。
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団体ご一行様が通り過ぎていく、
言葉がわかるぞ・・・
会話が、はっきり理解できるぞ・・・
と思ったら、日本人の団体様だった。
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その団体様が乗っていた遊覧船です。
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川の流れは速い
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サイクリングの一団が走ってきます。
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のぼってくる船は、水しぶきをたてて上ってくるが・・・
スピードは出ていない。向こう岸をパイプを積んだ列車が走っています。
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それに比べ、下る船はスイスイと行く。
どれくらいのスピードなのか、追いかけてみよう。
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ぐんぐん下っていく。
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こちらは町の中を走ったりするもので、なかなかスピードがでない。
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危なくないように、細心の注意を払って走る。
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すると、こんなに離される。
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左カーブだと、かなり追いつく。
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キャンプ場の横を走り。
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なんとか並ぶ、ところまで行く。
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582キロポスト
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追いついた。追い越してみよう。
と、思うが。
川から離れて、はるかに遠回りするところもある。
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結局、ずーっと先に行ってしまった。
もう追いつかない。
追いかけようという気もない。さよなら。みつばち船くん
そんなこと、こんなことやっていたら。
コブレンツに着いてしまった。
コブレンツのリドルで食料と石鹸を買う。毎日洗濯するのでホテルでもらうような小さい石鹸を3つばかり持ってきたが、足りるものではなかった。
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ドイチェスエックとはドイツの角という意味でライン川とモーゼル川が交わる場所のことだそうで・・・で、この像は何だ。
初代ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像だそうです。
巨大な雨雲が近づいてくる。
大急ぎで、受付を済ませたら。
ザーッと降ってきて、すぐ止んだ。ので
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街へ出ていき。
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ロープウェイで対岸にわたり、お城見学。
自転車で来たのだから、自転車で上ってくればよかろうに、などと野暮なことは申しません。ロープウェイに乗りたかったのです。
ロープウェイの切符売り場の兄さんは日本語ができて、「アナタワ、ナンサイデスカ」と聞くではないですか、「・・・・ソウデスカ、シニアワリビキガデキマスネ」と言われて、割り引いてもらった切符代が9ユーロだったか・・・・よく覚えていない。
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エーレンブライトシュタイン城塞からキャンプ場を見ています。
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1949 |
ラインモーゼルキャンプ場 N50.21.58 E07.36.11
15.5ユーロ。高かった。サニタリーの設備がすごかった。
晴れ 101km
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