カトウィツク(蘭)⇒アムステルダム(蘭)
今日は6月18日月曜日です。カトウィックのキャンプ場に2泊しました。カドウィックのキャンプ場を遅くに出発です。ライデンを通って、アムステルダムへ向かいます。旅はいよいよ終盤にさしかかります。
本日はアムステルダム近郊のキャンプ場まで走ります。
カドウィックから
(蘭)
0841
本日は距離も短いので、時間に余裕がありそうです。カドウィックのキャンプ場を遅くに出発です。ライデンを通って、アムステルダムへ向かいます。旗の手前にいる男性ですが。非常に背が高い。オランダ人は世界一背が高いと言われています。
0922
まっすぐな自転車道を走ります。
0949
そしてライデンの町です。
電柱がまったくありません。
0959
レンブラントはライデンで風車を1基所有する裕福な粉屋の8番目の息子として1606年に生まれた。苗字はレイン。ライン川さんと呼ばれていたかもしれない。14歳という若さでライデン大学に入学したが、退屈極まりない修辞学、論理学にいやけがさして退学し、画家の道へ進む。19歳で独立。26歳のときチューリップ医師の解剖実習を描いた、「トゥルプ教授の解剖学講義」で名声を決定的にした。1632年のこと。
ここはレンブラントの生家。
1000
レプリカとして記念に架けられたもで、橋が開閉することは無いようです。
橋を渡ることはできます。
1003
ハネ橋とレンブラントの生家の風車
1005
1006
ライデンの町の中の運河です。
1027
はね橋があがりますと、船がきます。
1027
こんな船です。
1038
風車のある方へ去っていきます。ライデンを過ぎてから、この運河まで来る間、自転車の通れない道などがあったため、何度か迂回路を走りました。
1131
道は進んで別の運河へやってまいりました。
ライデンとアムステルダムをつなぐ運河です。
高速道路4号線 A4が この運河の下を通っています。
1138
次々にポートが船が運河を航行していきます。
1204
大きな船がくるとはね橋があがります。
1204
橋があがると、船は進んでいきます。
1220
それでも運河は船でいっぱいです。
今日は月曜日なのですが、レジャーの船が多い。
このあたりは海水面とほとんど同じ標高です。
1247
家族連れで、カヌーを操ってボートのあとを追いかける息子たちふたり
1249
こちらでは、ゴム浮き輪に乗ってポートに引かれて遊んでいる女の子
スキポール空港の横を通ります。このスキポール空港もまた海水面より低いところにあります。今私がいるところは3mくらい。
次々に飛行機が飛び立っていきます。
1358
アムステルダムセ・ボス公園のまんなかを抜けていきます。
1406
アムステルダムの町の中にきました。オランダの首都はアムステルダムか、?、憲法上はアムステルダム、しかし事実上はハーグです。国会議事堂とか各国の大使館などはハーグにあります。
1434
このあたりの標高は5mとか、そのくらいです。
1437
1940年5月10日、中立を宣言していたオランダにドイツ軍が侵攻してきた。4日後の14日には全域を占領し、国内ではユダヤ人に対する圧力が強まっていった。
1442
ユダヤ人狩りが頻繁に行われはじめると。1942年7月6日にオットーの職場事務所の3階と4階を隠れ家にした潜伏生活をスタートさせる。さらに同僚のファン・ペルス夫妻と息子のペーター、歯科医のプフェファーが加わり、この共同体は最終的に8人となった。
1444
アンネ・フランクの家です。1944年、この隠れ家はゲシュタポに発見された。考えるだけで、いたたまれない話です。
1450
馬車が走っています。なかなかめずらしい。
運河をいく船
1509
多い、とにかく、たくさんの船が行き交います。
1509
運河の交差点はもっとにぎやかです。
1510
マヘレのはね橋は何で有名なのでしょう。アムステルダムは何しろ人が多い。それも国際的です。
1513
アムステルダムで唯一の木造のはね橋だから有名なのだそうです。
大勢の自転車乗りが渡っていきます。
ドコドコドコと音がするようです。
1537
こちらの橋はアムステルダムセブルグ橋
これを渡るとキャンプ場です。
この下にあるのがアムステルダムライン運河です。
アムステルダム泊
(蘭)
1645
ゼバーグキャンプ場に到着です。
N52.21.57 E04.57.32
12ユーロ、シャワーは自由使用。パスポートを預ける。
日差しが強いところですと、いつまでも寝れない。
寝れないといことはないだろう、という感じもするでしょうが、
夜10時半まで日が照っているのです。
あらかじめ日のあたらない場所を選定してテントを張る必要があります。
ということで、ここに張ったのですが。太陽はずーっと動いていって、こんもりとした木の茂みをすぎて、寝るころになって、日が照ってきたのでした。
あわてて、テントをずらしますが、隣のテントにくっつきそうで窮屈になりました。
晴れ 65km
前の日
ヨーロッパホームへ
次の日。
トップページへ戻る